そのわけはといえば、そもそも人間の命というものは夕べの露、明日の霜にたとえられ、まことにはかないものとされている。とりわけ危ないものは武士の命であるのに、人々はいつまでも長生きができるかのように勝手に思い込んで、主君への奉公も、両親への孝行も末永くできるもののように考えるところから、主君への奉公を怠り、両親への孝行もいい加減なものになってしまうのである。
わが身命は、今日はあっても明日はないものとの覚悟さえあるならば、主君に対しても今日が奉公の仕納め、親に仕えるのも今日が限りと思うようになり、主君の御前で御用を承るにも、両親の顔を拝見するにも、これが最後となるかも知れぬとの気持ちにならずにはいられまい。それであるから、死を覚悟することが、忠孝の道に一致するというのである。》
聖書にも「明日を思い煩う勿れ」という言葉があります。
「一日の苦労は一日にて足れり。」ですね。
今という時間を生きましょう!!
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