2014年4月24日木曜日

心得 第二十四 「忘れるな”常在戦場の心”」

「戦場を思えば骨惜しみはできぬ」の一項で、第二十三講「気楽な稼業にも文句たらたらとは」に続くものである。
《部門の生を受けた身としては、昼夜甲冑を放さず、山野海岸を家として暮さねばならぬものを、天下平穏の時代に生まれたがために、身分の高い者も低い者も夏は蚊帳を釣り、冬は夜具布団にくるまり、朝夕、好みのものを食べて安楽に生活しているのであるから、これを非常な幸福と考えるべきで、座敷の中での警備や近所へのお供、お使いお役などを苦労と思う理由は全くないのである。この事について話がある。
甲州武田信玄の家老の中でも、とりわけ戦上手といわれた馬場美濃守という侍は、「戦場常在」という四文字を書いて壁に掲げ、日常の教訓としていたと伝えられている。》

ここで説かれていることはわかり易い。侍の本分は〈変〉のときに発揮されるものであり、要するに「戦場での働き」にある。だから武士は「常在戦場」ということを忘れるなというのだ。
それは、その通りである、が、さらに深く理解したい。
前半部分で《身分の高い者も低い者も夏は蚊帳を釣り、冬は夜具布団にくるまり、朝夕、好みのものを食べて安楽に生活しているのであるから、これを非常な幸福と考えるべきで》と言って居ることから、次のように解釈を進めることができる。
今の平穏な生活を《非常な幸福》と実感できるのは、《「戦場常在」》の実感があるからである。
「戦場常在」の実感がなくなると武士の本分を失うにとどまらず、「幸福」というものを人感できない人間になる。武士道が〈文武両道〉にこだわった所以はここにある。武徳の上に、文徳を完成させる。

0 件のコメント:

コメントを投稿