この二年試行錯誤した。
〈みち〉について、考えた。説くほどのものは見つからなかった。
というより、「そうじゃないよね」というものだ。
「坂の上の雲」ではないが、目指した何かがあった。
伝えたいものがある。それは味わったリズムである。
我々の持つ、固有のリズムである。
それはこの国で生まれた香であり、漂う雰囲気である。
この気候・風土によって育てられた。
近代化の波は、営為を重んじる。
意図的に何かを作ること、促成栽培で、天才を創り出して、課題を解決しようとしているようだ。
漂い、溜まった空気を腐敗したものとして、根こそぎ、排除する。
〈育つ〉とか、〈養う〉という、天然のリズムが忘れられている。
意図的に置換しているともいえる。〈待つ〉という経験がなくなっている。
意図的につくられる世界は、ブラックホールのように、世界を小さくしているように思える。
「自由」という言葉に、「自由になる」ことに、囚われて、「自由の奴隷」になっていないか。
いろいろな〈みち〉がある、分け入って、その風物を味わいたい。
〈みち〉は、踏み外すものではなくて、前に開けていて、歩いた後にできるものだ。
リズムは生まれるのであって、合せるものではない。
さあ、旅に出かけよう。
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