2014年4月20日日曜日

心得 第二十一 「下からの批判は主君への誹謗」

《一方、様々な役に当たる用人などの役目の者は、家系、家柄といった事とは関係なく、家中の多くの侍の中から、その人物だけを見てお選びになるのであるから役目には不足のような者はいないのが当然である。しかしながら、主君のお気に召した者であるため、ゆくゆくは役目が勤まるよう育ててやろうとのお考えによって、まだ若い者に対してお身のまわりの役などを仰せつけられることもあるのである。こうした者の中には、往々にして心得違い、無分別の者もおらぬわけではない。だからといって、それを見聞きしては問題に取り上げ、批難嘲笑することはよろしくない。いかに賢い者であっても、若気のためにお役が勤まらないのだと理解すれば、それですむことである。
およそ、家老、年寄り、用人などという役目は、主君のご判断によって仰せ付けられるのであるから、それらの人々のことを悪くいうことは主君を非難するのと同じこととなる。また、そうした人の力を借りねばならなくなった時には、機嫌を見計らい、手をそろえ、膝をかがめて、ひとえにお願いいたしますなどといわねばならぬ場合が起こらないとはいえない。そのようなとき、ついさっきまでは陰で批難嘲笑していたその口で、いかに用があろうとも、そうしたことは言えたものではない。そのようなことも、前もって考えておくべきであろう。
以上、初心の武士の心得のために申すものである。》


主の用心によって、用人は任命されている。用人に対するには、心得違いをしないで、用心し、主の用心を受け止めることであるというのである。〈心は人に表れ、人は心を現わす〉。
真意を理解する力を養うこと。

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