2014年4月11日金曜日

心得 第十二 「廉恥心について」

本著の訳者 吉田豊氏は「日本人の廉恥心」について、次のように言う。

《本書の題名が「初心集」なのだから、当然といえば当然だが、著者・友山は、読者として想定する武士たちを決してそう立派な存在とは考えていなかったようである。

生まれつきの義人とか勇士などというのは、そもそも例外的な存在であって、大部分の武士は、常に堕落の可能性を持っているというのが彼の認識である。そして、その堕落を防ぐ最大の歯止めは”人々の下げ墨”を恥じる心であり、この廉恥心を失いさえしなければ、次第によい習慣をつけて一歩一歩、修養を積むことができると考えているのである。

人間の醜さ、弱さについてのリアルな認識と、それを克服するための筋道を明らかにしたこの考え方は、武士道における”恥”の思想の原型と言えよう。こうした思考は、日本人の精神の根底に、いまだに、大きな影響を及ぼしているが、一人一人の内面的な主体性を養うことより、専ら他人の見る目、いわゆる世間体を気にするひ弱な精神を生む一因ともなっている。》

いわゆる、日本の『恥の文化』が根付いた端緒がここにある。これはルースベネディクトがその著『菊と刀』において、指摘したことである。
吉田氏のいう「世間態を気にするひ弱な精神を生む一因」となったが、またそれが『惻隠の情』を生む一因でもあると考える。
《強きをくじき、弱きを助け》「ひ弱な精神」を受け入れた「世間」は、〈コミュニティ〉の原型である。
そこには「弱さの強さ」をコミュニティの豊かさ、或いは力と考える「コミュニティ・ソリューション」の基本的な考えが生きて居たように思える。

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