「後見人の心得」の一項として設けたものである。
「後見人の心得」の【解説】において、訳者吉田氏は次のように謂う。
《彼らにとって、家督こそは権威の保障であり、生活のよりどころであった。戦国乱世のころとは違って、すでに定まっている価格は容易なことでは動く可能性はなかった。武家社会の余計者とされていた二、三男育ちの浪人が、たまたま長兄の死によって本家後見人の地位を得たとすれば、なんとしてでもそれを手離したくないと考えたのは、むしろ当然であろう。後見人と嫡子との深刻な争いがしばしば起こったことは容易に想像される。ここで友山は、言葉をつくして後見人の取るべき態度を説いているが、封建の秩序を守る為には、彼らが節操を貫いたという名誉だけをもらって、再び一介の素浪人に戻らなければならなかったことは、どこか哀れというほかはない。》
教を実践する、教を身に着けることが教養であり、教養は生活を通して磨かれたのである。
実利を捨てて、事理を拾ったのである。利を制し、理に付くところに徳は備わるのである。
教養は利より、理を重んじ、利得ではなく、理徳を好んだのである。
公を支えるために、公徳が必要であり、それは私欲を慎むことから確保されたのである。
今日の成果主義、欲望を原動力とする社会では利巧であることを競っているようである。
そして、結局、人の和が乱れ、絶滅の瀬戸際に立つことになっている。
「天の時、地の利、人の和」は三位一体である。そして人は物理的制約の中で生きる存在である。
そこに守るべき定法がある。
徳に絡めて、日本語を考える。
〈とく〉には、「徳、得、篤、特、匿、説く、解く、溶く」などがある。発音が同じこれらの言葉には、共感的なものがあるように思う。
徳に絡めて、日本語を考える。
〈とく〉には、「徳、得、篤、特、匿、説く、解く、溶く」などがある。発音が同じこれらの言葉には、共感的なものがあるように思う。
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