「主君のご威光を借りる法」の一項で「責任を果たすには権威が必要」に続くものである。
《一方、主君のお立場から見れば、時と場合によっては、家来に権威をつけようとの御意図によって、威光をお貸しになることは、十分に理由のあることであって、古来の名君、賢将についても、こうした例はいくらもあるのである。これが”主の威を貸す”ということなのだ。
しかしながら、それによって家来が役目を果たすことができ、もうよかろうという状態となったならば、貸し与えておかれた御威光を次第に取り返されるようにしなければならない。それを、いつまでものんびりとかまえて取り返そうとなさらないから、しまいには取り返そうにも取り返さなくなってしまい、結局は家来に御威光を持ち逃げされることなる。これを称して”家来に威を盗まれる”というのである。
このようになると、主君にとって大きなご恥辱であるばかりでなく、さまざまなご損失が生じてくる。第一には、家来が権威を持ちすぎるようになれば、自然と主君の影が薄くなり、すべてはその家来次第となる。下々の者までも、あの人の承諾さえ得られれば、どうせ殿様はあの人次第なのだから・・・と考えるようになるが、これはちょうど、天に太陽が二つあるのと同様で、たいへん不都合なことである。
第二には、こうなれば、家中の侍たち、下々の者までも、その者の機嫌をとる事を第一に考え、主君の事はどうでもよいという気持ちになるから上下の結束は弱まり、忠義の武士は育たず、もしも危急の事態が生じた時には役に立つものがいなかったという状態となることは目に見えている。
第三には、そのようになれば、出先、末端に勤める軽輩の侍はもとより殿のお側近くに勤める武士や重要な職責にある家臣までも、その者一人の権勢をおそれて小さくなり、これは主君のお為にならぬと気付いたことまでも一言も口にすることができず、ただ心のうちにくやんだり親しい同僚との雑談で口にしたりするばかり、主君の前に進み出で実情を申し上げ、それに気づいていただこうとする者は誰一人いないありさまとなる。これでは主君はその者の私欲、わがまま、えこひいき、私腹を肥やしてのぜいたくの様子など、少しも御存じになるわけもなく、その者のすることはすべてよろしいと安心しておられるうちに、やがては大きな困難が持ち上がり、また世間からは、あのように人を見る目がなくては主君だの大将だのと呼ばれるにはふさわしくない、などと非難をお受けになることは間違いない。さらには、そのような者は主君に対してさえ、なんのつつしみもないほどであるから、まして同僚や部下の思わくなど考えもせず小役人たちを丸め込んで、自分の知人友人への贈物に主君の公費を使い、贈った先から返礼に来た品物は自分のものとし、自分のところに来た他家他藩の客をもてなすにも主君のお台所から酒だ、魚だ、茶だ、菓子だといった具合に運ばせる。つまりは主君のものはおれのもの、おれのものはもちろんおれのもの・・・といったやり方であるから、主君のお勝手向きにも影響し、経済的なご損ともなるのである。》
「虎の威を借る狐」になるな、をつくるなと誡めている。
初めには、《家来に権威をつけようとの御意図》から出たものであっても、《取り返そう》としないと《家来に威を盗まれる》ことになる。《家来が権威を持ちすぎる》と関係の上に成り立っている体制・制度に支障が生じるのである。《上下の結束は弱まり、忠義の武士は育たず、》《その者一人の権勢をおそれて小さくなり、これは主君のお為にならぬと気付いたことまでも一言も口にすることができず》《世間からは、・・・非難をお受けになる》《なんのつつしみもないほど》になり、《主君のものはおれのもの、おれのものはもちろんおれのもの・・・といったやり方であるから、主君のお勝手向きにも影響し、経済的なご損ともなるのである。》という。
威信は以心をよる。「威は意であり、位は衣となる」、「意=威=位=衣」であり、それは「→異→為→畏→偉」なのである。
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