2014年5月12日月曜日

心得 第四十 「絶交中の同僚とも仕事は仲良く」

職務と私情を混同するなの一項で「後輩いじめは最大の卑怯」へ続くものでる。


《奉公する武士として、多くの同僚の中には、何かの事情で絶交中の者がいるというのはあり得ることである。ところが、主君の仰せによって、その絶交中のものと同役となった場合には、直ちにその相手の所に行き、次ぐのようにはっきりとのべるべきである。

「自分は、この度貴殿と同役となるよう仰せつけられ、ただちにお受けした。あなたと自分とは、日頃絶交の間柄ではあるが、いったん、同役を仰せつかったからには、少しでも私情をさしはさんでいては殿のおためにならぬことゆえ、今後は互いにこだわりを捨て、ひたすら御用をとどこおりなく勤めるようにしたいと考えるしだいである。ついては、あなたはこのお役については先輩のことであり、何かとご指導いただきたいと思うばかりである。ただし、明日にでも、あなたか、じぶんか、どちらかが、このお役を離れるようになったならばその節には再び絶交することになるかもしれないが、それまでは、ひたすら心を合わせていくことだけを考えていきたい」
このように申しのべて、互いに心を合わせて勤めにはげむのが武士の正道である。》

《知に働けば角が立つ、情に棹させば流される、意地を通せば窮屈だ、とかく人の世は住みにくい》と、漱石の「草枕」の冒頭にある。その意味は《理知的でいようとすると人間関係に角が立って生活が穏やかでなくなり,情を重んじれば,どこまでも感情にひきずられてしまう。》と謂う。
《心身一如》《知行一致》を意気地としたとき、角が立ち、絶交することもあり得るのである。人間関係に気を使い過ぎると情に流される。働きを第一とする武士の心がけを具体的に丁寧に説いている。
断る〉とは事情を知り、分を弁えた慎重な態度である。〈断り〉は(事割る・言割る)ことに始まり、断りを入れることは分別して、〈〉を通すことになる。それが挨拶であり礼法に適った仕儀であった。
「ことわる」は「断る」または「判る」と表記される。二つ合わせて判断となる。詳細はこちらから
〈唐変木〉は《気のきかない人物、物分かりの悪い人物をののしっていう語》の謂いであるが、武士の場合、「とうへん」は〈刀偏〉〈武偏〉であり、融通が利かなかった。
融通無碍〉は達道の極意であるが、初心者には分に過ぎるものである。

0 件のコメント:

コメントを投稿