2014年5月19日月曜日

心得 第四十五 「なぜ本家を大事にするか」

親族関係のけじめの一項で「慎重を要する舅の立場」へと続くものである。
《世間では、自分の兄の子も、弟の子も同じく甥と呼び、また自分の姉や妹がよそへ嫁いで生んだ子をも甥と呼んで、どれも変わらぬように考えているが、これは百姓や町人の場合のことである。武士においては、心には義理を重んじ、形には作法を守るものであるから、こうした点についても農工商の身分のものとは違っていなければならない。
例えば、一族の嫡子である兄の家に生まれた子は、自分にとって甥であっても、本家を相続する立場にあり、わが目上に当たる親、兄の跡を継ぐ惣領家となるのであるから、兄が亡くなり甥の代となっても、自分の親、兄を敬うようにその者に対して礼をつくすのである。これは決してその甥個人を敬うのではなくて、わが家の先祖を敬う心のあらわれなのである。
しかし、兄弟の子供であっても、二男、三男或いは自分の弟の子供に対しては、世間一般の叔父甥のつきあいでさしつかえない。また姉妹の子供については、甥には違いないのだが、他家の姓を名乗る立場にあるのだから、普段のことばづかいや手紙の文章なども、やや他人行儀に、丁寧にすることがふさわしい
さらに、自分の甥、弟、あるいはわが子であっても他家へ養子にやった子供に対しては、すっかり他人となったものと心得るべきである。例えば、内輪の交際で顔を合わせた時などの言葉づかいなどはともかくとして、他人を交えての場においては、他人同様の態度をとらねばならない。
さもないと、養父方の親類や家来たちの目から見て「一旦、他人の子にしておきながら、相変わらず、わが子、わが弟のように扱っているが、そのくらいなら、最初から自分のところにおいておけばよいのに・・・」と軽蔑されるであろう。
もっとも、養父方の家にしっかりした者が誰一人おらず、家のまとまりもなくて相続もできぬという状態の場合においては、我が子、わが弟のことゆえ、放っておくわけにもいかぬということはあるであろうが・・・。》


《心には義理を重んじ、形には作法を守るものである》武士の生き方が、《これは決してその甥個人を敬うのではなくて、わが家の先祖を敬う心のあらわれなのである。》と〈祖先崇拝〉、〈家中心〉であることが説かれている。
家中心のルール(格式)に従った。格式ばって威を保ったのである。それが時代の要請であった。
情に流されることを知っていた故に、義理を強調し、他家の姓を名乗る甥に対しては《やや他人行儀に、丁寧にすることがふさわしい。》と行動に現わすことを強調したのである。
「儚くも、一期一会の世の中で、家を立てんと一所懸命」、が武士の姿であった。

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