2014年5月22日木曜日

心得 第四十八 「昔の意地、いまはいずこに」

「武士は食わねど」の心意気」の一項である。

《五、六十年も昔のころまでは、出世を望む浪人たちの言葉に、「乗り換え馬の一匹も持てるようでなければ・・・」といえば、「五百石以上の知行でなければ・・・・」という意味であった。また、「せめてやせ馬の一匹も持てる程度」といえば「三百石程度なら」という意味、さらに「錆び槍の一本も持たせていただきたい」といえば、「知行取りの身分となれれば、たとえ知行は百石でも・・・・」ということばだった。
その頃までは、まだ昔の武士の気風が残っていたから、何百石ならば奉公いたしますなどと、自分の収入のことを数字をあげて口にしたくないという意地があり、こうした言葉となったものである。"武士は食わねど高楊枝"とか"鷹は飢えても穂を摘まず"などというのも、その頃のことわざである。当時は、年若い人は暮らし向きの損得、物の値段のことなどは口にせず、女色の話が出れば顔を赤らめるといった様子であった。
優れた武士を志す者は、及ばぬまでも、こうした昔の気風を慕い、それにならうようでありたいものである。鼻が曲がっても、(誇りを捨てても)息さえ出れば(暮らしに事欠かなければ)よろしい。といった根性に落ちぶれてしまったこと、まことに是非もないしだいである。》


能力判定の視点を戦場・戦陣に置いた会話で行った。
知行は日常の重要な糧であるが、距離を置く事で品位を保った。
間接的表現を察し、慮ることが尚ばれた。
器量により、身分が決まり、身分に応じた格式が定められる。

《質実剛健勤倹尚武》、気風・誇りを慕い、意地・根性を養うことを求めている。

0 件のコメント:

コメントを投稿