2014年5月1日木曜日

心得 第三十 「見苦しい死に様は一生の不覚」

武士は死に際が大切の一項でである。

《およそ武士として、身分の高下にかかわらず、第一に心がけておかねばならぬことは、その身の果てるとき、一命を終えるときのことである。

日頃、どんなに立派な口をきき、賢く見えていた者であっても、今はこれまでというときになって前夜不覚に取り乱し、見苦しい最期を遂げるようであっては、それまでの善行もすべて水の泡となり、心ある人の軽蔑を招くことともなって、誠に恥ずかしいしだいである。

武士が戦場に臨んで武勇をふるい、手柄を立てて名誉を輝かすというのも、あらかじめ討ち死にの覚悟を決めておいたうえでのことである。従って、もしも運悪く勝負に敗れて、敵に首を取られるはめとなったときには、名を問われれば姓名をはっきりと名乗り、少しも悪びれたところなく、にっこり笑って首をとらせるのである。また、もはや手当のかいもないほどの重傷を負ったときでも正気さえあれば、上官や同輩の前で、はっきりとものをいうという見事な態度を見せてから立派に最期を遂げるというのが、武士として何より大切なあり方なのである。》


武士道の神髄である死生観が語られる。
死において本分が現れるというのである。《討ち死の覚悟》の上に《武勇をふるい、手柄を立てて名誉を輝かす》ことができるのである。正気の武士の態度とは《はっきりとものをいうという見事な態度を見せてから立派に最期を遂げる》ものである。〈死生(至誠)一貫〉、〈平生(常)往生〉なのである。
『日本の道』によれば、仏教の往生思想を受容する以前に、日本的な"たましい”のよみがえり信仰があったことを見逃してはなるまい。それが仏教的な往生信仰との癒着をたやすくした要因でもあった。神道を生の宗教とし、仏教を死の宗教と簡単にわりきることはできない。原神道の信仰には、死の儀礼と祭祀が豊かであった。それが後に、権力に編成された"ミソギ”と"ハライ"の神道によって、死は一方的に"ケガレ"の世界に閉じこめられてしまったのである。
信仰が〈神祭〉から〈神道〉になり、死と生は聖別された。
あの世とこの世、死人と生人を区別した。
〈世〉については死後を、〈人〉については死前を聖としている。
この組み換えは、現実(俗)的な、都合のいい(つまり治世的)ものである。

武士は、死を聖として、聖俗(穢)の区別なく死生を一貫して聖とすることを心掛けた。
常に、〈一に止まった〉のである。

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