《次に、その子供が無事にして十五歳ともなったならば、主君に対し、「来年はこの子も十六歳となり、若年ながら武士一騎前のお役にたつようになりますゆえ、これまで自分に下されておりました知行をこの者に譲り渡して、ご奉公させたいと存じます」との旨を、書面をもってはっきりと申し上げるのである。
この際、主君から、その願いはもっともではあるが、まだ当人は若年の子とゆえ、なお二、三年の間は、そのほうが勤めるように・・・などとのおおせがあるかもしれないが、たとえ、どのように重いおいいつけがあろうとも、きっぱりとお断りしなければならない。
こうして願いがかなったならば、以前に調べておいた帳面の記録に基づいて、先代の諸道具をすべて甥に引き渡すことが大切である。なお、自分が陣代を勤めている間にととのえた家財についてはその限りではないが、そのうちからもふさわしい品を選び、帳面に記して甥に譲り与えるとよい。
さらにまた、主君より家督を定められる折に、例えば石高五百石として、このうち三百石は甥に下さり、残る二百石は陣代を勤めていた数年の間、よい奉公ぶりであったゆえ、そのほうに与えたいなどと仰せられることもありうる。こうした場合には、「身にあまる幸せとしてありがたく存じますが、そのために本家の知行が減ることは誠に迷惑、何卒、兄の知行はそのまま甥にお渡し頂き、私には永のお暇をくださいますように」と、たってお願いすることが、とりわけ大切なのである。このようであってこそ、陣代、番代として武士の本望をとげる態度といえよう。
これに反して、すでに初陣を勤めるほどの年齢に達した甥に、いつまでも家督を譲ろうとせず、喩え譲るにしても、自分が陣代を勤めていた間に兄の道具類はすべて紛失し、家屋敷は住み荒したまま修理もせず、兄の代にはなかった借金やら買掛金やらをこしらえて、これを甥に押し付け、さらには扶持米や金銭をねだって若い甥のすねをかじる算段をするなどというのは、陣代、番代を勤める武士としては、全く道から外れたものといわねばなるまい。》
《修身斉家治国平天下》を武士道の基本においた。
『大学』は次のように謂う。
家の主、頭領をいかに育てるかが第一の課題であった。
家を中心とした序列を整えることで秩序を保ってのである。
考え方としては、戦時には功を為す武士も、平時には負担をかける存在であることを弁え、極力負担軽減に勤め、迷惑をかけない算段をすることが武士に求められたのである。
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