2015年8月8日土曜日

心得 第九十九 「いつ何時の点検にもあわてぬよう」

武具の用意は日ごろからの一項で「甲冑新調の際は小道具一式をも」へと続くものである。

《奉公を勤める武士としては、大身、小身を問わず、その身分、財力に相応しい武器、装備を所持しておくという心掛けがなくてはならない。とりわけ、そのお家、お家によって戦時における仕来りというものがあり、家中の武士たちの用いる部隊標識用の指物、一人一人の装備、兜の前立て、鎗や鎧の袖につける標識、荷物につける標識といったたぐいのものが、日頃から主君より定められているが、こうしたものは、つねに油断なく用意しておかねばならない。危急の変事というものは、たとえば明日起こるかもしれぬものである。その時に当たって、こうした用意というのは、にわかにできるものではないし、たとえできたとしても、日頃の油断振りが露顕して、人々の軽蔑を受けるに違いあるまい。御家中で定められている標識をいい加減にしていたために、同士討ちにされても、それは討たれた者の討たれ損となることは、武家の古い掟にも記されているほどで、標識とはきわめて大切なものなのである。
また、主君が家中の軍備についての御関心が深ければ、いつ何時、家中の武士たちの武具を点検させたり、あるいはご自身でご覧になりたいと言われることがあるかもしれない。そうした場合、同格の同僚たちが、自身の装備はいうまでもなく、召使の道具類や、その他軍陣に使用する各種の物品に至るまで、何一品として不足するということもなく飾り立ててお目にかけ、主君をはじめ奉り、家老、年寄の人々からも褒めそやされる者もあるであろう。その中にあって、あれも不足、これも不足といった有様では、ほかの場合の失敗とはわけが違って、武士道の根本にかかわる問題であり、武士としての立場を失うような失態である。これでは主君に置かれても、その場ではお見逃しになり、お叱りを受けることはないにしても、お心の中では、さてさて呆れた禄盗人よと、いつまでも愛想をつかされることは疑いない。
武士というものは、たとえ主君からのお改めということがない場合にも、自分の財力相応の武具、装備の用意を怠るようなことがあってはならない。もしも自分の召使いの中に、自分は人を斬ることはないからといって、刀や脇差の中身を竹や木で済ましていたり、尻を端折ることがないからといって、褌を締めずにいたりする心掛け悪い者がいた場合、それを知っていながら、そのままにしておくことはできないであろう。もっとも、そうしたことは、いたって身分の軽い若党とか中間風情のことであるから、それほど重い罪とも言えまい。それに反して、一人前の武士としての身分につき、それにふさわしい禄を頂戴して居りながら、いざ戦陣の際にこれでよいであろうかという思慮を日頃からしておくこともなく、いかに太平の時代とはいえ、武士として持っておかねばならぬ武器、装備の用意もできていないという始末では、若党、中間が刀、脇差に木や竹を用いたり、褌を締めずにいたりするのと比べても、百倍も劣った心がけの悪さと言わねばならない。もしこれが主君のお耳に入った時、どのようにお思いになるか、どれほどのお蔑みを受けるかということをよく考えて、日頃から油断なく武具の用意を心掛けておかねばならない。》


分相応に、常に用心し、危急の時に備えよという。
財力に相応しい武器、装備を所持しておくという心掛けがなくてはならない
そのように油断なく用意していなければ、危急の変事に対処できないことになる。
標識の仕来りを間違うと同士討ちを招くことさえある。
武士道の仕来りを疎かにすると、結局、他に後れを取ることになる。
それは、武士道の根本にかかわる問題であり、武士としての立場を失うような失態である
武士の本分に悖ることは、その俸禄に値しない禄盗人と呼ばれて当然である。

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