2015年8月15日土曜日

心得 第百七 「戦国のころのご奉公とは」

骨折り損を嘆くは不忠の一項で「功績を評価されぬ不満」から続くものである。

《天下戦国の時代の武士は、主君のお供をして戦場におもむけば、平地の一戦にのぞんでは一番鎗を合わせ、敵城を責める時には一番乗り、もしも味方が退却するとあればしんがりをつとめるなど、とにもかくにも同輩たちには真似のできぬ働きをと心掛けて働く。もしも運がつきて敵に打たれてもやむを得ない、それが武士の役目であると覚悟を決めて、たび重なる武勇の手柄を立て、数々の感状、証文をもいただいて、その家中は言うまでもなく他家にまでもあっぱれの者として名を知られるほどになりながら、なおそれに満足せず、どうせ、いつまでもこのように生きていられる身ではなし、何とかして主君のお役にたって討死を遂げたいものと、心の底から願うというのが、武士本来の姿である。
これに対して、泰平の世に生まれた武士は、たとえ戦場で主君に忠節を尽くしたいと深く願っていようとも、そのような機会は与えられないから、いつも何もせずに日を送り、自分も同僚たちも畳の上の奉公ばかりをしているうちに無駄に年をとって、主君のご厚恩をいただいたばかりで死んでいくよりほかはないのである。そこで、同じ畳の上の奉公とは言いながらも、主君のおんため、お家のおんためになるようにと、ひときわ目立った立派なご奉公をと思い立ち、それを成し遂げることができたならば、泰平の世の武士として見れば、なるほどお手柄を立てたように思われる。
しかしながら、右に述べたような戦国の武士で、一生の間に何度となく戦場に立って、主君、大将のおんために身命をなげうち、度々の手柄、功名を極めたという者の前に出ては、とうてい口をきくこともできぬ程度のことではないだろうか。
なぜなら、何といっても太平の世の奉公というものは、畳の上をはい回って、手の甲をさすりながら舌先三寸で勝負を争うのが上手かどうかという程の事で、身命をかけての働きなどということはあり得ないのである。それを、どれほど見事な奉公をしたからといって、それを自分でたいしたことのように思い込み、主君のおほめが厚いの薄いのといったっことを気にかけて、愚痴や不満を抱くなどとは、もってのほかといわねばならない。
なぜかといえば、およそ戦場に出て主君のおんために忠義を尽くそうと駆け巡る武士の心には、後々の恩賞の計算などは毛頭もしてはいられないのが当然だからである。
このように考えるならば、主君にご奉公をして生きていく武士は、主君のお為にさえなれば・・・と、ただ一筋に思い込んで、ひたすら勤めるのがその役目なのである。
それを、感心なことよとお褒めなさるのも、なさらないのも、すべては主君のお気持ち次第と覚悟して、ただ自分の任務を尽くしさえすればそれでよく、不満とか愚痴とかいったことは一切出てこないのが道理である。
それなのに、自分の努力の成果を自慢して主君のご恩をむさぼり願うというのは、はなはだ卑劣な心掛けであって、忠臣の道からはずれたものといわねばならない。》


戦国の武士は、《平地の一戦にのぞんでは一番鎗を合わせ、敵城を責める時には一番乗り、もしも味方が退却するとあればしんがりをつとめるなど、とにもかくにも同輩たちには真似のできぬ働きをと心掛けて働く。》とあるように、抜きんでることを第一とし、《主君のお役にたって討死を遂げたいものと》死を賭して奉公したのである。一意専心、余念なしなのである。
それに比べ、泰平の武士
働きは、畳の上のもので《身命をかけての働きなどということはあり得ない》、だから、余念が起きるのである。
《戦場に出て主君のおんために忠義を尽くそうと駆け巡る武士の心には、後々の恩賞の計算などは毛頭もしてはいられない。》する隙がないのである。
奉公は死を賭して行う一方的なもので、報われることは眼中にない。それが武士本来の姿である。
だから、《自分の努力の成果を自慢して主君のご恩をむさぼり願うというのは、はなはだ卑劣な心掛けであって、忠臣の道からはずれたものといわねばならない。》ということになる。


ここで考えたいのが、今日の行き過ぎた成果主義である
「短期に、どれだけ多くの利益を生み出すことができるか」が問われ、その為に短期成功報酬型の評価制度が導入され、煽動する。会社は従業員を、市場は企業を、社会は生活者を短期成功報酬型に教育しているのではないだろうか。
これが社会を進化させる原動力となっているとしたら、これでいいのかと思う。
何故なら、褒美(報酬、報奨)以上の働きは期待できないという事である。
社会が評価できるレベル、常識を超えたレベルの働きが時代の進化を支えてきたのである。
しかし、自然が教える成果主義は後世へ何を引き継ぐかを問うているのではないだろうか。
視点を替え、視界を拡げ、自分(限界)を知ることを我々に迫っているように思える。

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