2015年8月10日月曜日

心得 第百一 「武士にもまさる下人あり」

従卒の装備に心づかいをの一項である。

《小身の武士としては、不慮の変事が起こった時にも、多くの家来を召し連れて出陣することはできず、鎗一筋だけを持ていかねばならない。そこで、もしその鎗が折れてしまえば、自分の持つ鎗にことかく次第となってしまう。それであるから、日頃からそこを考えて、袋穂の鎗の身を用意して、陣中にはこれを持って行き、もしもの時には柄には竹をすげてでも、さしあたりの間に合うようにしておくことが望ましい。
次に、非常の場所に召し連れていく下人のためには、多少のきずはあっても、頑丈なつくりで寸法の大きめの刀を脇差にして準備しておいて、各人にこれを差させ、腹には胸がけ、頭には鉢金、鎖笠、鎖鉢巻などをつけさせて連れて行くようにするものである。その理由を述べよう。
およそ一人前の武士であれば、長年の主君の恩を感じ、武士の本分を守り、いかに危険なところであろうと避けることなく、進みがたい所にも進み、持ちこたえにくい所にも踏みとどまって戦うものである。
それにひきかえ、下々の者たちは、日頃の恩といっても大したこともなく、それに感じるというほどのことはない。また義理ということも心得ていない。それが下々というものなのである。そして、身には季節の衣類をつけ、銹び腐った脇差一本を持たされただけで、歴々の武士が甲冑を身に付け、長鎗をふるって勝負を争う場所にのぞむのであるから、持ちこたえることができないのも当然である。しかし、そこをよく踏みとどまって、たとえ十人の中の一人でも、主人の側を離れぬ者がいたとすれば、その根性は下々の者のようとはいえず、武士にもまさった立派なものである
それであるから、若党には胴丸の鎧、鉢金の兜、小者、中間には胸かけ、鉢巻、鉄笠といった軽い防具をつけさせ、敵の骨を斬れるほどの脇差を一振りずつは差させて召しつれるというのが、小身の武士の正しい道、あるべき態度というものである。
次に、小身の武士の出陣に際しては、予備の太刀を持参したり、差し替えの刀をもった従者を連れて行くわけにもいかない。だが、戦場での太刀の打ち合いとなれば、刀が甲冑に当たるのを避けるどころではないから、刀の刃を打ち折って、その替りに事を欠く場合も生ずる。そこで、自分の差替え用の刀を若党に差させ、若党の刀を草履取り、馬の口取り、中間などに差させて召し連れて行くようにするとよい。非常の場合には、普段とは違って、小者や中間までもが大小の刀を差していようとも、誰も見咎めることもないからである。》


ここで述べられていることは、主従は「一心同体」であり、働きは皆で成就するものであるという事である。
そのために、非常時に備え、応分の配慮を隅々まで至らせることを説いている。
吉田氏も【解説】において、《ろくな装備も与えられずに戦場へ駆り出される従者たちの立場を考え、せめては、ふさわしい支度をしてやるのが主人のつとめと説いている。》と云う。
ここで思い当たるのは次の詞である。
「塔組みは木組み、木組みは木の性組み、木の性組みは人組み、人組みは人の心組み、人の心組みは棟梁の工人への思いやり、工人の非を責めず己の不徳を思え」 ――西岡常一『現場の匠 宮大工三代』――
棟梁の「思い遣り」、「配慮」が肝心なのである。


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