2015年7月31日金曜日

心得 第八十九 「主君のご難儀はわが難儀」

減俸されても苦情はいうなの一項で「歯をくいしばって倹約を」へと続くものである。
《奉公を勤める武士として、ご奉公する主君におかれて、何か大きな出費が重なり、藩の経営が行き詰って、どうにもならぬ状態となったために、日頃家中の者に給わる俸禄の切符のうち、いくらかずつを何か年かにわたって借り上げられるというのも、あり得ることである。このような場合には、その額の多少にかかわらず、謹んでお引き受けすることはもちろん、他人はもとより女房子供との雑談の中ででも、「これはひどいことになった。迷惑な次第・・・」などと、たとえことばの端にでも出すのは、武士の道に外れたこととして恥じつつしむということが大切である。
なぜならば、昔から今に至るまで、主君が難儀をされれば、家来たちが寄り集まってお助けし、家来が難儀の時には、主君のお力によって救って下さるというのが、武家における掟である。

まして、ご奉公申し上げる主君のお手元が行き詰ってお困りとあっては、公のご用にも差支え、大名の身として当然なさるべきことまでも取りやめられ、万事を辛抱なさって、ご大身というのは名ばかりのお暮らし向きとなっているのを拝見しては、家来の身として、お気の毒とも口悔しいとも思わずにはいられまい。
もっとも平時の場合は、そうした状態でも何とかなっていくものである。ところが、一旦、世の中に思わぬ騒動が起こるなど非常の場合となった時には、日頃定められている軍勢をとりそろえ、近くかの地へ出発せよとの公儀のご指示があり、いざ、その支度ということになると、まず必要なものは金銀である。
では、その工面ということになっても、日頃出入りしていた町人どもには、すでに何度もの無心をしては放っておいて、ひどい目に合わせているので、役人たちが何を言っても承知しない。また世の中が騒がしい折には、担保を取って金を貸す町人とてもいないから、まるで大石に手を挟まれたように、にっちもさっちもいかぬ有様である。そうしているうちにも、わがお家と同格の諸大名方におかれては、すでに用意もととのって、来る何日には必ず出発と、約束の時日も決まった。こうなっては、普段の時とは違って日取りを動かすわけにもいかず、不足だらけの支度ながらも出陣しないわけにはいかない。
泰平の世にあっては、出陣の有様は珍しい見物とあって、人々は市中の家々を借り切り、野山までも満ち溢れて貴賤入り混じって眺める中を、軍勢をそろえての出発とは実に晴れがましいことながら、家中の人馬の様子はどの部隊に比べても見苦しいとあっては、主君の御身にとって一生を通じ、これほどのご恥辱はないであろう。


身分にふさわしい格好というものがある。それが世間の常識である。それから外れることは分を弁えない、無礼な、恥ずべき行為となった。
そのような恥辱を主君が蒙ることのないように奉公するのが武士の勤めである。

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