2014年11月2日日曜日

心得 第六十五 「いざという時の決意は日ごろから」

武士ほど高くつくものはないの一項で、喧嘩口論は身を亡ぼす大不忠」へ続くものである。

《そこで、ご家来の身としても、右に述べた主君のご本心を推察し、自らも奉公人としての決意をはっきりと決めなければならない。
その決意とは何か。日頃勤めている警固、お供、お使いといった役目は、泰平の世の武士が、ただそこに体を置いているという程度のご奉公であって、世間にありふれたことであり、きわだったご奉公とは言えぬものである。
しかし、もし明日にでも不測の変事が起こったならば、そのときこそは人に勝れた武勇をあらわし忠義を尽くさずにはおかぬという決意によって、日頃から武芸の鍛錬につとめ、分相応の家来や馬をもち、武具や馬具をも整えておくのである。そして、一旦、非常の事態となったならば、自分の属する隊の中に何十人の侍がいようとも、平地の合戦ならば一番槍、城攻めならば一番乗り、もしも味方が戦い利なく退くときは殿、以上三つの働きは軍神、摩利支天もご照覧あれ、他の者には決してさせぬと人に向かってはいわなくとも、心のうちにかたく思い定めておくのが、奉公を勤める武士としての決意なのである。》


武士の本分は、変の時にある。それはいつ起きるか予測はできない。だから日頃から武芸の鍛錬を怠らず、馬具や武具もいつでも使えるように整えることを説いている。そして変の時となれば、その働きの場を獲得することが最も重要になる。その場として三つがあるという。それは最も敵の力の強い時と所にある。つまり、一番槍、一番乗りであり、退却する時には殿に敵の力は集中するのである。そうした場所において臆することなく、十分なる働きをするのが武士である。

こうしたことを日頃から心のうちに思い定めておくのが武士の決意、つまり覚悟なのである。

矢面に立つ、窮地を切り抜けるなど、最も危険な場所に働きの場があるのである。

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