2014年6月14日土曜日

法の前に道理あり

エジプト:セクハラに罰則…女性は疑問視「道徳観が…」
道徳は、素養の問題であり、三つ子の魂が密接に関係すると思われる。
付け焼刃な制度改革よりも、性根を叩きなおすこと、性根は歴史的な産物であるから、歴史を紐解き、現代生活を見直すことがどうしても必要になる。しかし、性根を叩きなおすことは人間性を作り直すことに近いものになる。それを良しとするか、節操なく現状のままに、自然にことが成就するのを待つか、待つとしても何を待つのか、具体的なイメージがないのではないか。それこそが問題である。
古い道徳観では現代的な生活(多様性を生かす)を制御できないことは、理解できても、それに代わるものは何か、が判別できないのである。それでは前にも、後ろにも行けない。

さて、これはエジプトの事であったが、この事例は我々にも当てはまらないであろうか?
表題を次のように読み替えてみると、
  1. 擬装癒着に厳罰を・・・庶民は疑問視「道徳観が・・・」
  2. 全体主義に厳罰を・・・市場は疑問視「民主主義が…」
1.は、国内の多くのことに当てはまる。
〈フクシマ〉〈スタップ細胞(理研)問題〉〈金融不祥事〉〈薬害エイズ〉〈ノバルティス〉
2.は、現今の国際情勢を見渡せば、市場は、民主主義連合諸国が、中国の台頭に慄き、〈民主主義〉への絶対的信頼が揺らいでいる状況である。

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