《ところで、大口をきく者と、悪口を言う者とは、よく似ているようだが、実は非常に違っているということを知っておく必要がある。昔の武士の中には、大口者として名を知られていた人がいくらもいたものである。幕府のお旗本の中でも、松平加賀右衛門、大久保彦左衛門といった人々は、たいへんな大口ききであった。その時代には、諸国の大名方のお家に大口者として知られた侍が三人五人と居ないところはなかったのである。
この大口者といわれる人は、いずれも度重なる武勇の手柄を立て、武道の心得についてはすべてに優れていたにもかかわらず、時として物事の判断を誤り、強情を張り通すので相談相手にすることができず、それが災いして、武勇の誉れが高い割には禄も身分もさほどではない。これを不足と思う所からひがみ根性となって、相手かまわず言いたい放題のことをいいまくるが、主君をはじめ重臣の人々も、その者については別扱いにして、何をいっても見逃し、聞き逃しているこのため、ますますわがままがひどくなって、他人の善悪を遠慮会釈もなく言い立てて、一生の間、大きな口を叩いて死んでいいったというのが、昔の大口者であった。
このような人々は若い時分には人には真似のできぬ武勇の手柄を立て、腕に覚えがある上での大口者だったのである。
現在のような天下泰平の世にあっては、どれほど勇気があろうとも、武勇の手柄を立てる機会などは全然ない。こういう時代に、ただの一度、鎧を身につけて戦場に出会経験さえもないものが、気のあった同僚と集まっては、主君のお家のやり方や、家老用人の誰彼についてあれこれと批判し、同僚たちの噂を好き勝手に言い散らして、自分だけで利口ぶっているなどは、昔の大口者とは天地雲泥の相異がある。
こういう連中を名付けて、悪口者とも、馬鹿口たたきとも呼ぶのである。》
大口者とは、《武勇の手柄を立て、武道の心得についてはすべてに優れていた》が《物事の判断を誤り、強情を張り通す》ので《武勇の誉れが高い割には禄も身分もさほどではない》者であった。
つまり、その働きが認められている者である。一方、悪口者、馬鹿者と呼ばれるのは、武功を立てる機会がないにもかかわらず、分を越えた口を叩く者のことをいったである。
要するに、実績主義である。功を遂げて資格が与えられるのである。
要するに、実績主義である。功を遂げて資格が与えられるのである。
実績を上げる機会がない泰平の時には、誰にもその資格は与えられない。だから今、大口をたたくのを馬鹿者と呼ぶということである。
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