《大阪維新の会[1]を率いる橋下徹[2]大阪市長[3]のことだ。大阪都構想[4]の設計図である協定書をつくる「法定協議会」から、異を唱える野党委員を排除した。維新で過半数を握り、今月中にも一挙に協定書をまとめる構えだ。》と「大義名分」を盾に、暴走する橋本氏に大義はないという。
「大義名分を語る」人に大義がなくなったのか、「大義名分を理解させる」リーダーシップの不足なのか。考えて見れば、〈大義〉は一人で成就できない。大義形成力が不足しているから橋本氏が登場したのであり、暴走するのである。《大義不足》はそもそも暴走する橋本氏を輩出した大阪市民にあることも指摘すべきであろう。
0 件のコメント:
コメントを投稿